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山形地方裁判所 昭和42年(ワ)242号 判決 1970年1月29日

原告 大原はる

右訴訟代理人弁護士 古沢久次郎

被告 本田みつ子

右訴訟代理人弁護士 細谷芳郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告において

(一)  被告は原告に対し金五〇万円及びこれに対し昭和四二年九月二〇日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

並びに仮執行宣言。

二、被告において

主文一項同旨の判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、請求原因事実(一)(原告と訴外人が夫婦であること)(二)(被告と訴外人の肉体関係の存在)は、当事者間に争いがない。

二、右肉体関係の性質等について

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

1、被告は、大正一三年一〇月三日生れであり、昭和二〇年四月四日亡本田三夫と婚姻し、同人との間に四子をもうけたが右三夫は、昭和三一年一月一五日病死し、以来再婚をしていない。

2、被告の右婚家は、被告と右三夫の婚姻当時、約一町歩の田畑を耕作していたが右三夫が生前農業協同組合に勤務していた関係上、右農作業は被告と、右三夫の両親においてこれを担当し、右三夫の死後被告は、人手不足のため農耕面積を約五反歩に減縮し、現に右四子と姑みよと生活を共にしている。

3、原告は大正一四年七月一四日生れで、大正八年生れの訴外人と、昭和二〇年一二月頃婚姻し、その間に三子をもうけ、現に約一町歩の田畑を、訴外人と共に耕作しており、訴外人は、かねてから肩書住居地の○○○○組合長に就任している。

4、被告と原告宅は、天童市内の通称仲町と称する同一町内で、概ね八〇メートル離れているに過ぎないため被告と原告及び訴外人は、昭和二〇年頃(被告の婚姻当時)からの知り合いであるところ、昭和三三年頃から所謂相互に有償で各農作業についての労力を提供し、昭和三八年頃から、これを更に進めた共同作業形態にし、相互に各田畑の耕作に当るようになった関係から、その当時から原告及び訴外人と被告は、互いに各自宅に出入し、飲食を共にすること等、殊の外親密の間柄にあった。

5、右の如き環境下にあって、被告と訴外人は双方、次第に、単に農作業の共同者的範囲を超え、男女としての親近感を抱くところとなり、農作業中原告の不在の際などいずれも、そこはかとなく、相手に対する好意の一端を顕現する態度を示すようになった。

6、右5の経過をたどり、昭和三九年五月中旬頃、被告と訴外人との共同作業中訴外人は被告に対し、被告の訴外人に対し有する好意の程を確める目的で、二人のみで話し合いをしたい旨申し込んだところ、被告もこれを容れ、両者間において、同日右納屋で密会することの約束ができ、当夜八時三〇分頃右納屋で会い、話し合った結果、相互に情を寄せていることが確認された。

7、右6の話し合いの後、訴外人・被告共、その間における肉体関係実施の機会を窺っていたが、世間の批判の目と、被告が妊娠することを恐れ、それを躊躇するうち、訴外人において避妊用にコンドーム(以下単に器具と略称する)を買求め、これを用いて同月二〇日頃の午後八時三〇分頃右一認定の如く初度性交をなした。

8、右7の性交後、被告と原告宅との前記共同作業は従前と変化なく継続され、その作業中主として訴外人からの申し入れにより同人と被告間において、肉体関係を結ぶための密会の日時の打合せがなされ、いずれも右納屋内で肉体関係が継続された。

9、右7の器具は、訴外人において一ダース入箱を一個宛購入し、これを被告に交付し、平素被告が保管していて、肉体関係を結ぶ都度被告から訴外人に一個宛手交され、後記14認定の最終性交時まで、訴外人は合計一ダース入箱四個を買求めて被告に交付し、概ねこれを用いて、肉体関係が継続されたが、同年一一月頃、数回、同器具を使用せず関係したため被告が妊娠するところとなり、昭和四〇年一月頃に至り、被告はこのことを確定的に認識した。そこで同月一〇日頃、被告から訴外人に対し右妊娠の事実が告知され、右納屋で、その処置につき話し合いがなされたが、その際、訴外人は中絶の意思を強く表明し、その話し合いの後も同納屋で関係がもたれた。

10、同月末日、被告は医師により右中絶のための手術を受けたが、当日事前に被告から訴外人に対し、これから右手術に赴く旨の連絡がなされたので、その翌日被告宅において、訴外人は被告に対し、右中絶の費用として金一万円を交付し、被告はこれを受領した。

11、右中絶後、被告の体調の復活が遅れたため、被告の申し出により暫くの間、訴外人も、被告との肉体関係の要望を自重したが、同年三月頃から右関係が再開された。

12、被告と訴外人との間柄は、昭和四〇年頃から近辺住民の噂にのぼっていたが、昭和四一年六月二日原告が病気のため山形市内所在の医院に入院以後、被告と訴外人は殊の外緊密性を増し、その間柄は近辺の者をして、外見上夫婦である如き評を抱かしめた程である。

13、同月一一日夜、たまたま被告宅に居合わせた被告の義兄(原告の姉の夫)大田俊一は、被告と訴外人の電話による会話を聞知したことから、被告と訴外人の間柄につき疑問を抱き、かつ、被告自身も、訴外人との関係を、右大田に察知、感得されたものと考え、自責の念も加わり、やむなく同月一二日被告から右大田に対し、はじめて被告と訴外人間の関係一切が告白された。

14、同月一三日夜、被告と訴外人は、右納屋で会い、その際、被告から訴外人に対し、右13の如き、その関係を右太田に告白したことが告げられ、以後右関係を断ちたい旨申し込んだところ、訴外人もこれを容れ、惜別の方途として、同所で肉体関係を結び、以来概ね二年間継続された肉体関係は終えんした。

15、右納屋は、被告の居宅の玄関から一〇メートルの地点に位置し、三間と四間で囲まれた面積をもち、奥に障子を備えた横六尺縦二尺五寸の窓があり、その窓から数メートルの地点に隣家(その風呂場等に接する)がある。

16、右8の如く、被告と訴外人間の肉体関係継続中も共同農作業は行なわれたが、右肉体関係開始前は、右作業に関し、相互の労働量を比較し、不均衡部分は金員による精算(概ね訴外人方の労働量が多いため、被告が金員を支払う場合が多い)の方法をとっていたところ、右肉体関係開始以後は、被告の不足労働量を補填するための被告の金員支払は、訴外人の好意によりこれを免除された。

17、同年二月六日頃、被告から訴外人宅に、被告の姑みよの米寿の祝として盆が贈られる等、共同農作業が維持されたと同様、右肉体関係継続中被告と訴外人及び原告との仲は右4と同一状態にあった。

18、訴外人から被告に対し、昭和四〇年四月時価一万八、〇〇〇円相当の羽織生地が、昭和四一年四月時価五、〇〇〇円相当の帯が、被告から訴外人に対し昭和四〇年五月頃ネクタイピンがそれぞれ贈与された。

19、被告と訴外人の初度性交につき、その事実を被告は親しい者に打明けず、勿論右関係が原告の意に反するものであることを理由とした、警察等への告知がなされていない。

20、原告は、被告と訴外人間の肉体関係につき、昭和四一年六月一三日、右12の如く入院中の医院において、右大田俊一から抽象的説明を受け、退院後の同年七月五日頃、訴外人からその開始の経緯、方法、場所等につき具体的説明を受けた。

21、原告は、右20の方法により、被告と訴外人間の関係を認識したが、これに対し夫である訴外人に対しては、その不貞をもって、原告と訴外人との夫婦関係を破壊するに至る背信的不倫行為であるとするまでの意思を抱かず、また被告に対しては、被告の訴外人との関係につき、原告及び訴外人において、被告との共同農作業等を通じ、被告に極力協力し、援助したにもかかわらず、その好意を裏切ったものであるとする程度の意思を構成するに過ぎず、それが原告と訴外人の夫婦関係の継続を不能若くは困難化させるものであるまでの観念を抱いていない。

22、従って、訴外人と被告間の関係が露見後、原告と訴外人間において、訴外人の右不貞を原因とし、けんか、口論、その他格別の軋轢はなく、夫婦の仲に不和が醸成されず、現に円満な夫婦生活を維持し、その子供も原告と共に訴外人の右不貞は一過性のものと評価し、これを宥恕している。

23、原告の本訴は、被告から訴外人に対する、訴外人が被告を強姦、若くはこれに類する方法をもって姦淫したものであるとして、これを原因とした不法行為に基づく損害賠償請求事件(当裁判所昭和四一年(ワ)第二八二号)における、訴外人の被告としての地位の強化を図るため、同事件に対抗して提起されたものであって、原告自身、当初から被告に対し、損害賠償を請求する事実の認識若くはその意思を有していなかった。

24、訴外人は、訴外人と被告との肉体関係が露見したことにより、同人が従前から就任していた右3の地区における○○○○組合長の地位に遜色がなく、その他社会的に格別の指弾を受けていない。

(二)  ≪証拠判断省略≫

(三)  右認定の事実に基づき考察する

1、被告と訴外人の昭和三九年五月二〇日頃行なわれた初度性交は、その間における合意に基づくものであると認めるのが相当である。

敷衍するに、右(一)認定の事実中殊に右関係の行なわれた場所であるその15の如き、納屋の所在場所、構造の外右行為のなされた時刻、被告の社会経験の度合(年令、結婚経験等)それに右4の如き、被告と訴外人間に存したそれ以前の交誼の実状等を併せ考えると、若し訴外人において被告に対し、被告主張の如き暴行が行なわれたとすれば、被告はこれを避けるための救いを求めることはいとも容易のはずであり、また、訴外人も、そのような手段を用いる如き状況下での性交を貫徹することに躊躇するであろうことは、その推認に難くない。従って、被告は訴外人からその反抗を抑圧された上強いて姦淫されたものとは言えない。

2、右初度性交後の各肉体関係も、訴外人の被告に対する脅迫に基づいたものとは認め難い。

従ってこれも被告の意思に反してなされたものとは言えない。

三、以上の認定によると、被告は訴外人と、同人に原告たる妻があることを知りながら、すべて、その間の自由な合意により、肉体関係を結んだもので、その誘起及び継続の過程における責任は、両者相等しいものと認めるのが相当である。斯様に、片面的不法性交(強姦等)に該らない肉体関係をもった被告は、訴外人と共同して、原告が訴外人に対して有する守操義務を要求しうる権利を故意に侵害したものと言うべきである。

四、ところで、本件は、男女、若くは夫婦関係に関する特殊な事例であるから、右三の如き権利の侵害が、即、損害(不法行為の一般的成立要件としての損害)に結びつくか否かは問題であり、以下この点について検討する。

(一)  被告と訴外人の肉体関係に対し抱いた、原告の意思、観念、右肉体関係により原告と訴外人間に格別の風波が生ぜず不和が醸成されず、かつ、右不倫関係発生時から現在まで、終始円満な夫婦関係が維持されていて、原告及びその子も、訴外人を宥恕し、特に右23の被告から訴外人に対する訴訟に対処するため、訴外人には不法性交の事実は存しないとして、原告及びその子ら、訴外人を中心に協力関係が樹立されており、訴外人自身右肉体関係に関し、その家庭内はもとより地域社会から格段の責を受けていないことは右二(一)21ないし24認定のとおりである。

(二)  斯様に被告と訴外人の肉体関係により、原告と訴外人間の夫婦、若くはその家族関係を危機に陥れ、若くはこれを破壊する如き格段の事情の生じていないことに加え、右三の如く肉体関係の誘起及び継続の過程における責任がその当事者にとり相等しいこと、及び当裁判所に顕著な事実である右二(一)23の訴訟において、被告がその請求を棄却されたこと、その他前記認定の諸般の事情を併せ、信義則、若くは公平の観念にてらし、被告と相対的に考察すると、本件に限り、原告に、損害賠償債権の発生を認容するは当を得ないものと解するのが相当である。

(三)  なお右(二)の認定に関し、若干補足すると、被告と訴外人の肉体関係は、原告に対する関係で所謂共同不法行為に該当し、従って連帯してその損害賠償債務を負担するのであるが、右認定の如く、原告において訴外人の不貞を宥恕した事実は、法律的には、訴外人に対する損害賠償請求権を放棄(若くは免除)したものと言うべきであり、その放棄(若くは免除)の効果は、他の連帯債務者たる被告にも波及するものであるとの、仮定的法律関係を設定することも一応可能であるところ、この点については、当事者間に格別の主張(抗弁である)もなく、右法律関係の定立も確たるものとは言い難いから、直接これを採用することはできないが、右の如く被告の行為は、原告と訴外人間の夫婦関係に、重大な影響をもたらさず、かつ原告において訴外人の不貞を宥恕していることからすれば、少なくとも、右仮定的法律関係の精神を、本件においてしん酌することは、信義則からみて妥当であると解される。また夫婦の財産制が別産であり、その所得も夫婦の各個に帰属することは民法の規定上言をまたないが、その一方の取得した収入(殊に金銭債権の場合)が、結果的には実質上夫婦の共有状態に至ることは、当裁判所に顕著な事実であるところ、本件において原告に、被告に対する損害賠償を認容することは、右取得収入の実質的帰属状態からして、その請求権が原告固有の慰藉料であるとしても、訴外人から被告に対し損害賠償を求めると同一の結果を招来することに帰着し、公平の原則上、被告にとり酷に過ぎることが明らかである。

(四)  以上、これを要するに、本件は総合的に考察すると、原告は、被告と訴外人間の肉体関係により、客観的には、一応その有する前記の権利を侵害されたが、実質的には、それにより賠償を求めるに価する損害が発生していないものと認めるのが相当であり、従って不法行為は成立しない。

付言するに、訴外人と被告の肉体関係は前記の如く原告に対しその権利を侵害するもので、風紀、人倫上も極めて当を得ないものであるが、その結果において、本件の如く右認定の如き特別の事情が存する場合に限り、極めて例外的にその被侵害者の損害が否定されるに過ぎないのであって、原則的には右の如き、不倫は厳に非難されるに値するものである。

五、以上、判断したとおりであり、不法行為が成立(損害の発生を含め)していることを前提とした、原告の主張は失当である。

六、よって原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(判事 伊藤俊光)

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